「芸人」で「ゲストハウス オーナー」で「カメラマン」の僕がセブ島で挑戦し続ける理由。


(セブ芸人の宣材写真)

自己紹介。

どうも。セブ島芸人のボク(cebucomedian)です。

この記事を書くにあたって、僕がお笑い芸人になるきっかけから、現在の活動について振り返ってみました。さっそくですが、僕の一生をまとめるとこんな感じです。

1994年東京都生まれ。

フィリピン人の母親と日本人の父親を持つハーフ。

大学時代からお笑いの活動を始めて、現在はセブ島で「Kawaii CAFE」を運営する相方(松島駿毅)とお笑いコンビ『チキンアンドライス』を結成。

大学を卒業後は、2016年4月からセブ島の情報誌を制作する日系企業へ就職すると同時に、セブ島に移住する。

その後2017年4月からセブ島にてゲストハウス「UH-HUH HOUSE(あーはんはうす)を経営する。

 

ではでは、僕の今までのお笑い人生について、赤裸々に書いていこうと思います。

 


(UH-HUH HOUSEイベントでたくさんの方が来てくれた!)

なぜお笑い芸人を選んだのか?

僕のお笑いとの出会いは、小学校4年生の時でした。

僕は東京の八王子に生まれ、実はとてもお金持ちの家庭で育ったんです。

ですが小学校4年生のときに、父親の会社がトラブルに巻き込まれ、家族が崩壊するほどの危機に追い込まれました。父親と母親は家に帰って来なくなり、姉はグレてしまい、家には飼い犬と僕だけという悲しい状況でした。家にいるとトラブルに巻き込まれる可能性があったため、家にいることも難しく、仕方なく犬と一緒に家出をして、2週間ほど公園で寝泊まりしました。

その後、父方の祖父に引き取られて暮らしていましたが、今思い出しても、小学校4年生にはその状況を受けいるのは難しくて、非常に寂しかったのを今でも鮮明に覚えています。

そんなときに助けられたのが、当時テレビでやっていた「お笑い番組」でした。当時は家族を失って本当に苦しい思いをしましたが、お笑い番組を見ているときは自然と笑えたんです。

小学生ながらに「お笑いの力ってすごい!」と心から感動しました。

そしてその頃からお笑いの道に進みたいと思い始めたんです。


(初めてお笑いの大会に出場)

R-1ぐらんぷり、キングオブコント、M-1グランプリに挑戦したけど…

このような形でお笑いの道に入っていったのですが、一筋縄ではいかないことも多々ありました。

毎日オーディションに参加して過酷な日々でしたが、そんな自分が波に乗ってきたなと感じたのは、急に映画2本とCM1本が出演決定した時でした。その時は完全に売れたなと思いましたが、声をかけてくれたのは友達だったので、今冷静に考えてみると実際は勘違いでしたね(笑)

そして想像に難くはありませんが、日本にいた頃は人生の中でもトップを争う黒歴史でした。

お笑いに興味がずっとあって、大学でのショーレースに出たりしながら、大学2年時には名古屋にある事務所に所属し、バウムクーヘンというお笑いコンビを結成していたのですが、結果は残せませんでしたね。

漫才やコントなどでR-1ぐらんぷり、キングオブコント、M-1グランプリに挑戦しましたが勝ち上がることは想像していた以上に難しかったです。もちろん芸人としての仕事もしていましたが、とにかく驚くほどギャラが安い。

10時間も拘束されて、日給800円や、クオカード1枚ということも普通にありました。1日働いて800円って今考えてもよくやっていたなと思います。


(寿マンというキャラクターで商店街を練り歩く)

フィリピンへ来た理由は?

最初は日本でお笑い芸人として、売れたいなと思っていたのですが、バイトしながら芸人やるのはなんと嫌だったんです。

それに結局バイトで生計立てていると、バイトからの収入に頼ってしまう。お笑い芸人を志すなかで「このまま日本にいても自分の可能性は花開かない」と感じましたし、一度変わったことしてみようと思うようになりました。

もともと僕の母親はフィリピン人なので、フィリピンにはご縁がある僕ですが、日本でくすぶっているより、一回フィリピンに出て現地でウケる面白いネタを作り、フィリピンで売れて有名になってから日本に逆輸入という形ができたら面白いんじゃないかなと。

大学を卒業した後は、すぐにフィリピンのセブに来ました。フィリピンの中でもセブを選んだのは理由があります。僕はアウトドアが好きで海や森や滝など、自然に囲まれた場所が好きです。そんな僕にとってリゾートが多いセブは魅力的でした。僕の母親はマニラ出身なので、マニラにもよく遊びに行っていましたが、家に火炎瓶を投げられたり、カーテンを燃やされたり住み心地がよくなかった(笑)

もう一つセブを選んだのには理由があって、実はマニラにも、『マニラでは海外住みます芸人』の”ハポン3”という芸人さんがいるんです。逆にセブで芸人をやっているのは僕たちだけなので、セブを拠点に活動している日本人にお笑い芸人の方が、希少価値が高いじゃないですか。そしてそれに加えて勝手に非公認で、セブ観光大使としてやらせていただいています(笑)


(セブ島の言語交流グループ「CLE」が開催のイベントで優勝)

相方との出会い、ネタについて。

フリーペーパーの営業として相方のカフェ(Kawaii CAFE)にご挨拶したのが、相方と出会ったきっかけでした。ほぼ同じ時期にセブに来たということや、年齢が近いということなど、幾つか接点があり、すぐに仲良くなりました。

正直僕的には、ビサヤが話せてフィリピン人からの人気もある彼と組むのが一番売れるのが手っ取り早いなという、とても単純な理由で声をかけたんですけどね(笑)

コンビ名ですが、フィリピン人に愛されたいという想いから『チキンアンドライス』にしました。フィリピンには「ジョリビー」というフィリピン人なら誰でも知っているファーストフード店があります。

最初は「ジョリビー」にしたかったのですが、固有名詞はさすがに仕事に支障が出るということで、そのメニューの中でも、よく食べられているチキンとライスを採用しました。

フィリピンでお笑い芸人として、うれてやるという野心を持ってセブに来たのですが、実はフィリピンに、いわゆる「お笑い芸人」はいません。司会をしながらアメリカンジョークを言う人はたくさんいますが、THEコメディアンは一人もいないと思います。

なので事実上、セブで芸人をやっているのは僕たちだけなのです。

そしてフィリピン人にウケるお笑いを2人で研究しました。僕はいろんなネタをやりますが、お客さんによって言語を使い分けています。現地での活動ならセブの現地語(ビサヤ語)、日系の会社であれば日本語、日系の会社の場合は、フィリピンスタッフもいるので、英語と日本語を交えながらネタを披露していますね。


(「チキンアンドライス」宣材写真)

フィリピン人のツボ知ってる?

そしてこれはフィリピンに来て気づいたことですが、フィリピン人にウケるネタは日本とは全然違います。

それまで日本で披露してきた、スタンドアップコメディへの反応は非常に悪いです。当初、僕たちは何も知らなかったので、日本のコントや漫才をそのままやっていました。例えば、すれ違いコント、しゃべくり漫才など。ただこのような頭で考えたりタイプや、スピードについていかないといけないタイプのネタは、フィリピン人にとっては、あまり面白くないようです。

そこで今まで日本で念入りに作りこんだネタを止めて、ある意味テキトウなネタを作りました。

例えば、パンツ一丁になって鍵を探す人のネタや、意味なく変な声(パアー)を出したりする、日本でやると一発屋と言われるような単純なネタです。

裸でパンツ一丁になって、「Where is my key?」ということをするだけです。

最初はそんな単純なネタをすることに抵抗がありましたが、結果は大爆笑でした。

僕の経験によるとフィリピン人にウケるネタは”単純”そして”わけのわからない”ことをすれば、いいのかなと思っています。正直にいうと、僕としてフィリピン人にウケるネタを作るのは、直感的であまり深く考え込まなくていいのでやりやすいです。

現在では、おかげ様で少しずつですが名前が知られるようになり、現在月に1~2回は定期的にイベントを開催したり、ホームパーティなどでネタを披露させて頂いています。


(セブ島で主催した日本文化体感イベント「BUNKASAI」でのお笑い披露)

セブでのライフスタイルは?

現在は、本業であるお笑いの活動の他に、平日は朝から夕方まで、セブ島の情報誌を制作する出版社で、営業・カメラマン・デザインなど幅広く仕事をしています。

それ以外の時間はゲストハウスの運営や、次のイベントの作成や打ち合わせにあてています。3つの仕事をしていますが、僕にとって、本業と副業を分けているわけではなく、全て本業として考えています。

出版社の方では、セブにあるレストラン、ホテル、企業などへの営業活動、契約後の広告デザインの打ち合わせ、撮影、素材のレイアウト作成をしています。会社のメンバーは、私のような営業メンバーの他に、デザイナー、翻訳スタッフ、営業サポート秘書、経理です。

人と出会って話をするのが好きなので、今の業務はめちゃくちゃ楽しいです。自分が好きなようにスケジュール決めて、動けるのでわりと自由度が高い仕事かなと思います。


(愛用のカメラを持つ千原)

フィリピン人とのコミュニケーション。

英語はほぼゼロの状態で、セブで業務をしているのですが、現地の会社担当者とどのようにコミュニケーションをとるのかは、そんなに難しくありません。

もちろん基本的には1人で営業に出かけます。フィリピンの人は親日家の方が多く、優しく接してくれるということもあり、営業先ではまずジェスチャーで広告してほしい旨を、時には日本語と英語を混ぜながら伝えます。

その後、口頭ではなく情報誌を説明をします。大切なことは笑顔ですね!(笑)やっぱり笑顔で相手が気持ちよく聞いてくれるように話すことはけっこう重要です。フィリピンの方はむしろ、バリバリの営業マンのようにグイグイ話すと引いてしまう人が多いということが経験としてわかってきました。

その人の理解度に合わせながら、ゆっくりシンプルにわかりやすく話すことを心がけています。言語はその時々によって、日本に英語をまぜたり、現地語であるビサヤ語をまぜたりしています。フィリピンは英語が母国語ではなく第ニ言語であるため、実際文法が間違えていても、知っている単語を並べて話しても通じます。

実は以前にビジネス英語の本を買って実践してみましたが、フィリピン人も英語は第二外国語ということもあり通じないことが多かったです。

お互いに知っているレベルのボキャブラリーを使ってシンプルに話すのが一番だと思いました。


(イベントの打ち合わせ現場)

ゲストハウス『UH-HUH HOUSE』を作った理由。

ゲストハウス『UH-HUH HOUSE』(あーはんはうす)は24歳のとき、2017年4月にオープンしました。

『UH-HUH HOUSE』を宿泊費無料にしたかったのは、誰でも気軽に宿泊できる場所があれば、日本からセブに遊びに来ることも経済的に楽かなと思ったからです。それと宿泊費は無料ですが、その代わりに経験や知識をシェアしてもらったり、その人だからこそ出来る特技を発揮してもらったりしています。

今までにゲストハウスに泊まった人の中には、和食料理の職人や、闇カジノのディーラーなど、クセの強い人ばかり…(笑) そしてその人たちが、それぞれディープな裏話を聞かせてくれました。日本にいたら絶対に出会わないような人たちと会えるのは、宿代をもらうよりも価値があるんです。自分の本職であるお笑いで売れるためにもそんな人脈はかなり大事にしています。

そして、ゲストハウスをオープンしたかったのは、僕は昔から友達とワイワイ過ごすのが大好きなので、一人だと寂しいという単純な理由もありますね。でも”売れるため”の売名になればいいなぐらいなところが正直な理由です。


(『UH-HUH HOUSE』でのクリスマスパーティー)

出版社で働く理由。

営業先でいろいろな方と会ってこられていると思いますが、セブならではだと思うことは、すごい人に簡単に会えてしまうことですね。

例えば、日本で社長さんに会って話を聞こうとするとセミナーに行ったりとか、何とかアポを取ってお金を払って会いに行ったりと手間と時間がかかります。それに比べて、職業柄フリーペーパーの広告業ということもありますが、セブの経営者はそこら中にいて、会おうと思えば簡単に会えます。また、セブではお祝いごとやイベントなどがたくさんあり、僕はお笑いをセブでもやっているので、そのイベントに参加させてもらい漫才やコントをやらせて頂いています。

セブにいる経営者は面白いことが好きな人が多いため、自己紹介がてらお笑いをやっていると伝えると、経営者の誕生日会や会社のイベントに声をかけていただけることがたくさんあります。

日本からいらっしゃった経営者の方と現地の会社設立について話をすることがありますが、日本の経営者の方よりも、現地の経営者の方がお笑い芸人としての自己紹介の反応はいいですね。何というかノリが違う感じがします。

営業をしているので、その仕事先で出会う人も沢山いますし、これも自分的にはお笑いの方にもいい形で繋がっているのが、今の仕事をしている理由です。


(某リゾートホテルにて)

これからの展望。

これから、もっと活動を本格化させたいですね。いずれはセブ島で一番の有名人になりたいです!

会社員、ゲストハウスオーナーが忙しくても、お笑いは絶対に続けたいですね。

日本にいた頃は、1つのことに集中してやるべきだと思っていましたが、お笑いを一本でやって努力が報われず、余裕がなくなりストレスが溜まるよりは、現在のように他の事をやりながら、空きの時間にお笑いをした方が結果的に、お笑いに対してもいい効果があるんです。

営業の取材や、ご挨拶にまわるときに、違う業種の面白い人に出会えるし、『お笑い×ゲストハウス』など、僕のやっている事をつなげて大きなイベントを開催できたりするから、結果お笑いの活動を広げることにも繋がるんです。柔軟にお笑い活動をした方が、毎日面白いことが勝手に起こるので、ネタ作りに困らなくていいんですよね(笑)

今のセブでの活動を継続しつつ、マニラにはお笑い芸人のイベントがあるので、マニラでの活動イベントも参加し活動を拡げていきたいと思います。

余談ではありますが、タガログが話せる私の姉もマニラでモデルとしての芸能活動をしているので、お互い協力できたらいいと思っています。もしセブで売れたら、セブ島以外の場所でも、芸人としての活動やゲストハウスをやりながら楽しく過ごしていきたいですね。

あとは、セブは観光地が実は少ないと思っていて、確かにビーチとかはありますが、実はビーチはセブ島ではなく隣の島のマクタン島なのです。そこで僕は、セブで自称セブ観光大使なのですが、セブで吉本新喜劇のような劇団を結成して、そのお笑いを観光地化していけたらいいなと思っています。現在も少しずつメンバーを増やしているので、来年には実現できたらいいなと思います。


(劇団メンバーとその仲間たち)

さいごに。

ここまで僕がお笑いを続けながら、他にゲストハウスと会社員を続ける理由を書いてきましたが、そんな僕からセブで企業や、新しいことを始めようかと考えている人にアドバイスさせて頂きます。

まず、何か始めるのはセブがおすすめです。セブは物価が安いこともあり、リスクが少なくいろんなことにチャレンジできる場所だと思います。時間通りに物事が進まなかったり、ある意味ゆるいと思っています。

僕の場合は、仮に現地の警察に捕まったとしてもそれも含めてネタになるので面白くなると思っています。(別に悪いことはしていませんよ)。

僕がなによりも伝えたいことは、やりたいことや好きなことがあれば、一度全力でやってみることが大事なんじゃないかということです。

失敗するかもしれませんが、最初の一歩を踏み出すことで次の一歩が進めるのだと思います。

Ryuichi Chihara

Ryuichi Chihara

フィリピン・セブ島にて「お笑い芸人/宿泊費無料ゲストハウス『UH-HUH HOUSE』/カメラマン/YouTuber/変なイベント運営」をしている。自分のやりたいことを形にする自分勝手なフィリピンと日本のハーフ。今日も怪しい企画を考えてセブ島民を巻き込もうと企んでいる。

ACTHOUSE  

あわせて読みたい