売れない役者をしていた自分が上場企業を経て「フリーランスのPRプランナー」になった話。

フリーランスの「PRプランナー」として様々なジャンルのPR活動の支援をしている林 征生(masao_hayashi)です。

私自身のお話をする前に、まずは、PRについて軽くお話しさせてください。

PR(Public Relations)とは?

まず大抵の方がPRと聞いてどんな仕事なのかピンと来る方は非常に少ないのが現実です。

それをとてもシンプルに表現すると「様々なモノやサービス、現在進行形で動いている現象を、あらゆるメディアを通して、社会に知ってもらうためのお手伝いをする仕事」そのように理解して頂ければわかり易いかと思います。


(現在進行形の出来事をメディアを通じ発信していく)

ここまで読んで「広告だってそうじゃないの?」と思われた方も多いかもしれません。

しかし、この二つが大きく違うのは最終的な目的となります。広告は「買ってください」というメッセージに対してPRは「知ってください」というメッセージが前提となります。


(PRの仕事は非常に多岐に渡る)

また、広告はメディアの「宣伝枠を購入」してメッセージを発信するため、企業の伝えたいメッセージがそのまま確実に露出されるのに対して、PRはメディアが「有益な情報として判断した場合」のみ記者というフィルターを通して記事化して初めて露出することができるという点です。

そのため、メディア露出につながる全ての業務が私たちPRパーソンの仕事となります。

その中には、場合によっては、緊急会見のような「危機管理対応」などクライアントの為にできるだけ露出を減らすための活動も含まれるところが広告とは大きく違うポイントとなります。

また、場合によってはPRによって「社会が動く」という事もある為、非常に刺激的な仕事だと思いながら日々動いています。

役者からPRの世界へ。


(芸能事務所に所属し数年間俳優の仕事にたずさわった)

さて、序文が長くなりましたがここから私の事を知って頂ければと思います。

もともと、人前に出て何かを表現することが好きだった私は、大学生卒業後、某劇団の養成所を経て小さな芸能事務所に所属し、細々と「売れない俳優」をしていました。

もっとも俳優とは言っても、その頃は、いつ来るかわからないお芝居の仕事を待ちながらバイトを掛け持ちする日々。

そんな生活を数年続けた頃、ある日突然、

「キャスティングされるのを待っているよりも、自分で企画を作る方へ回った方が面白いのではないか?」

と閃き、その日のうちに事務所に辞める旨を伝えにいったのです。もっとも、その時には自分がPRをやるとは思いもよりませんでしたが…。


(転職したPR会社ではハードな残業が続いた)

そして晴れて、ただのフリーターとなった私は、手当たり次第に自分がどんな形で「企画を作る側」になれるかを、演劇だけに絞らず全ての業種でとことんブラッシュアップしました。

その結果残ったのが、ストーリーを作り上げて、企業と社会をつなげる仕事であるPRだったのです。

狙いが決まったら後は動くだけ、マスコミ手帳を片手に片っ端からPR会社に電話をかけ続け、奇跡的に数社とアポイントが取ることが出来ました。その結果、大手の会社ではありませんでしたが、とても専門性の高いPR会社に就職することが出来ました。


(PRは「知ってください」というメッセージが前提となる)

しかし、その会社の考え方が非常に昔の日本企業といいますか、日付の変わる前には家に帰ることができないのは当たり前、土日って何?という全てにおいてハードコアなスタイルの会社でした。

とはいえ、その環境のおかげで大手PR会社では経験できないスキルとコネクションを短期間で身に付けることができ、また、あの経験がなければ、こうやってフリーランスでやっていく事も無かった…と今となってしまえばしみじみと感じますが、「もう一度あの労働環境で働けるか?」と聞かれれば、

「絶対に無理!」

と即答するでしょう。

上場PR会社へ転職。


(上場のPR企業でさらなるスキルとコネクションを獲得した)

そんなハードな環境にいたためか、専門的なスキルとコネクションを数年間で身につける事が出来た私は、現状よりも更に大きな企業を相手にしたPR施策をしてみたいという気持ちが高まり、キャリアアップを考える様になっていました。

そんな時、当時在籍していた会社のクライアントだった大手PR会社からオファーを頂き、とても良いタイミングで転職をする事ができました。今考えても本当にラッキーだったと思います。

お声がけいただいた会社は業界でも様々な種類のPR活動をしている会社として有名で、当然、各プレーヤーの能力も非常に高く、全ての面で以前の会社では考えられない環境でした。

その反面、メディアとの密なコミュニケーションが取れるメンバーがそれほど多くなく、スカウティングの理由の一つとしてメディアとのコミュニケーションが強い会社にいた私にオファーを出したとのことでした。


(さまざまなPR案件で経験値を積み上げていった)
 
そうは言っても、個人商店の様な小さな会社から上場している企業に移籍したのですから、案件のスケール、仕事の進め方、福利厚生など全てが天と地くらいの違いがあり当初は試行錯誤の連続でした。

また、予想していた以上に案件の種類や規模が大きく、大手クライアント向け施策の提案や発表会の実施など、毎日がエキサイティングでとても充実していたのを覚えています。

その後、その会社には数年間ほど在籍することになるのですが、この会社に在籍していたからこそ体験できた業務が、フリーランスの今になって案件として発注されるのですから無駄な事なんて何一つないのですね。


(PRプランナーとして多くの現場に立ち会う日々)

上場企業からフリーランサーへ。

小さな疑問が大きな違和感に…。

一人で数多くのアカウントを受け持たなくてはならなくなった分、タスクの量も前職の倍以上の量になりました。

その結果、デスクワークとクライアントワークに割く時間の割合が非常に増えたのです。過度の残業を良しとしない社風もあり、まずは効率を第一に考えた動きをしなくては周りに迷惑をかけてしまいます。

そこで、膨大な仕事量かつ限られた時間の中で何を削るのかというと、私の中ではかなりプライオリティの高い「メディアとのコミュニケーション」でした。

実際、他のメンバーも「メディアリレーションよりもクライアントワーク」を中心としたスタイルで仕事をしており、「PRパーソンとしてこれで良いのか?」と自問自答する日が続きました。しかし、そんな中でも自分は時間の合間を縫ってできるだけメディアを回る様にはしていましたが、きっと社内ではかなり浮いた存在だったと思います。

とはいえ、当時の部長などをはじめ少なからず理解者もいた為、入社して数年間その様に違和感を抱えながら働いていましたが、ある出来事がきっかけとなりフリーランスへの思いが固まります。


(製品やサービスの周知にゼロから企画を練り上げていく)

理解者の異動とアドバイス。

そんなある日の朝、出社していつもは滅多に見ない掲示板をふと見ると、自分をスカウティングした部長が系列会社へ異動するという内示が貼ってあり、そして、後任には自分とはおそらく合わないであろう人物が新しい部長になることが掲示してありました。

それを目にした時点でもう自分の中では会社に残るビジョンはなく、「さて、どうするかな?」という比較的あっさりとした思いしかなかったのを覚えています。

その後、新しい部長の下で半年近く働きましたが、やはり無理でした(笑)

同じ頃、元部長とランチを取りながら近況報告も兼ねて雑談をしているとふと彼がこういったのです。

「林さん会社起こすかフリーランスになれば? 絶対そっちの方があなたの良さが生きるし、今より稼げるよ!」


(会社員時代、フリーランス転身後と合わせ数えきれないほどの現場に出向いている)

おそらく彼はそこまで考えて発した言葉ではないとは思いますが、私はその話を聞いて、

「あっ!そうかその手があった!」

と思わず膝を打っている自分がいました。そうと決まれば、早々に上長に退職の意向を伝え、粛々と引き継ぎや退職への準備を始めたのです。

その数ヶ月後、私は晴れて退職しましたが、退職までの数ヶ月間に様々なところへアプローチをしていた為、前職の競合他社の案件を受注することができ、退職日の翌日から動き始めることができました。

初日のなんとも言えない開放感はこれからも忘れることはないと思います。


(フリーランスとして戦略的PRのコンサルティングも行う)

ではここで、実体験からのフリーランス豆知識として「退職前にしておいた方がいい事」と「案件獲得に関して」をそれぞれ項目別に書いていきたいと思います。

フリーランスになる退職前にしておいた方がいい事

①退職の前から営業は始まっている。

私が恵まれていたのは数百人いるメンバーの中で「メディアに強い林さん」というキャラと、「浮いていた」キャラで名前と顔だけは社内で広く知られていたということがあるかもしれません。

なぜなら、十数部あるコミュニケーション部に挨拶に行った際、数多くのメンバーから「林さんフリーランスになるのなら仕事お願いするからよろしく!」と言ってもらえた事でしょうか。

実際にその方達からは今でも案件の発注を頂いています。同業でフリーランスになる場合には、「必ず辞める会社とは良好な関係でいること」が重要だと身をもって感じました。

たとえ同業でも、その会社を辞めてしまえば、フリーランサーにとってその会社は大切なクライアントになるのです。有給消化に入る前にしっかりと同僚の名刺を集めましょう。

②信販系の手続きや引っ越し

退職を決意したらまず、ローンを組みたければ組んでしまい、クレジットカードをランクアップしておいた方がいいかもしれません。フリーランスになって数年間は悲しいですがその二つに関しては難しくなります。

ですので、信販系の手続きや引っ越しは在職中に早めに済ませてしまいましょう。

③当面の生活費の担保

やはり、お金がなくては生活していけません。もちろん自己都合で退職するわけですから失業保険も3ヶ月は給付されません。(私は幸いにも給付を受けずにすみましたが…)フリーランスになる事を考え始めたら、ボーナスはもちろん「フリーランス預金」を始めた方がいいかもしれません。

私の場合は、ある程度貯金をしていた事と運良く早々に案件に恵まれた為、生活費には困りませんでしたが、今でも毎月、一定額の積立を続けています。


(撮影現場でもカメラの横で進行を見守りサポートする)

フリーランス案件獲得に関して

①フリーランスしか出来ない仕事をゲット

世の中数多くの会社がありますが、リテナー契約で月100万円近くかかる大手PR会社にPR業務を依頼できる会社は一握りです。

そこで、あなたがPR会社に所属しているのなら、会社には相談したものの価格で折り合わなかったクライアントに直接アポイントを取るのもありかと思います。

また、広告代理店はプロモートで動ける人間を探していることも多々あります。そこで、在職中に他案件で知り合った広告代理店の方に定期的に連絡をするというのも効果的です。

②同業者同士で仕事を回しあう

フリーランスになる方たちはやはり得意な分野を持っている反面、あまり得意でない分野もあります。そこで、自分より成果を出せるフリーランサーが周りにいれば同業でも部分的に仕事を発注したりします。

もちろん、一方通行にはならない様に自分があまり得意ではない分野の相談があったら以前、仕事を回してくれた方にその仕事を回してあげましょう。

フリーランサーにとって、横のつながりは何よりも大切です。狭い世界なので適当な事をしていると一発退場になりかねないのでその点は気をつけましょう。

最後に…

散文的になるかもしれませんが、私がフリーランスに関して思う事をいくつか書いて締めたいと思います。

安定を1ミリでも求めるのなら辞めた方がいい

フリーランスは月に百数十万円売り上げがある時もあれば、0円の可能性もあります。そのリスクを楽しめる位のメンタリティがなければ、嫌な思いをしてでもサラリーマンをしていた方が正解です。

結構楽観的な性格の自分でも売り上げがなかなか立たないときはかなり落ち込みます。正直、楽しい分の何倍もキツイということを覚悟してください。かくいう私も、安定を1ミリでも考えた瞬間に再就職を検討すると思います。

いい意味でも悪い意味でも365日24時間は全て自分のために使える

タイトルでほぼ、ご理解いただけると思いますが、フリーランサーは好きな時に旅行に行くことができ、好きな時間まで飲むことができます。それは、案件がしっかりあってしっかり稼げている場合に限りますが…。

逆に、両方がない場合は休まずにもがき続けないといけない…そんな世界です。

私はフリーランスになって無くしたことも当然ありますが、得たものの方が断然多いです。

覚悟さえあればこれ以上素敵なワークスタイルはないとさえ思います。

上記を読んで頂いても尚、興味があるのなら一度は挑戦してみてください。

案件が回り始めた時、あなたはきっとサラリーマンには戻れなくなると思います。  

Masao Hayashi

Masao Hayashi

大学卒業後、俳優を経てTVに特化したPR代理店に転職。そこで数多くの番組で露出を獲得。その後、独立系総合PR代理店に入社。クライアント業務及びメディア対応業務に従事。PRイベント、記者発表会、報道分析など幅広いプロジェクトに携わり、2016年 独立。PRプランナーとして様々な職種の企業のあらゆる広報業務、危機管理対応業務をサポートしている。

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