フリーランスは甘くない? 独立5ヶ月目に感じた「理想の自由」と「仕事の現実」とは。


(カフェで執筆する毎日)

筆者(kentyyyizm )は新卒で入社した東京の金融機関を11ヶ月で退職してフリーランスのライターとして独立しましたが、本稿執筆時点で独立して5ヶ月目を迎えようとしています。

「東京の暑苦しいオフィスから抜け出し、自由な生活を手に入れたい」と思っていた筆者は11ヶ月着用して来たスーツをゴミ箱へ捨てて、パソコン一台で仕事が出来るノマド型のフリーランスというワークスタイルを選びました。

しかし、実際にフリーランスになって見ると、本来追い求めていた「自由」を手に入れる事はそう簡単ではないという事に気が付いたのです。

今回は、その気付きについてシェアしていこうと思います。

フリーランスになるのは甘くない?


(マニラ、宿泊したコンドミニアムからの眺め。筆者は時折東南アジアを旅している)

フリーランスになる事は、そんなに甘くないのでしょうか?

前述した通り、筆者は実体験から「あ、フリーランスもそう甘くないな」と思ってしまったのが本音です。

ですが、筆者は特に「まずは今の会社で3年働いてから」だとか「世の中甘くない」などとここで言いたいつもりではありません。

そしてフリーランスになる事自体はとっても簡単で、誰でも出来ます。
なぜなら、今すぐ会社に辞表を出せばいいからです。

フリーランスになることだけは「会社を辞めてやる」という思い切った勇気と、「まあ、辞めればなんとかなる」特に根拠もない自信で簡単に実現出来てしまいます。

しかしそれを「すごい勇気だ」「行動力がある」と褒めて頂く事もありましたが、それは自由の為の第一フェーズをクリアしたまでに過ぎません。

そう、甘くないのはその後のフェーズなのです。

新興国の路上で果物を売る人もフリーランス。


(フィリピン、マニラの露店。彼らだってフリーランス)

上述したように、問題はフリーランスになる事自体ではなく、それを継続してお金を稼ぎつつ、いかに自分の自己実現を達成して自由な生活が出来るかなのです。

筆者はフィリピンに多く訪れますが、よく考えれば新興国であるフィリピンにもたくさんのフリーランスがおり、言い方を変えると「自営業者」です。

路上で果物や野菜を売る人がいたり、繁華街では如何わしいお店への勧誘を個人でやっている人もいます。

そう、彼らは会社に雇われない生き方をしているのです。

しかし、彼らは同じフリーランスでも「自由」だと言えるでしょうか?


(フィリピンの乗り合いバス「ジプニー」)

彼らは毎日行きていく為に必死に商売をして、時には英語が話せない観光客を騙して高額なチップを要求したりしないと生活ができません。

このように、「会社に雇われない生き方」を自ら求めるという事は、毎日餌が与えられる飼育小屋から抜け出して自分でジャングルから食料を取ってこないといけないのです。

なのでフリーランスになっても、継続的にそれを続けながら本来追い求めていた「自由」という理想の形を手に入れるのは、そう簡単な事ではないでしょう。

フリーランスの理想と現実のギャップ。


(フィリピン・マニラ、マカティの散歩道。確かに旅気分は味わえるが…)

「フリーランスになって、自由に旅しながら付き合いたい人達と、自分の好きな場所で好きな時間に仕事がしたい」

フリーランスに憧れを持つ人達は、このような理想的な妄想を一度をした事はあるのではないでしょうか。

東京でサラリーマンをやっていると、そのような妄想とはかけ離れた現実である事から、フリーランスになってからの「自由な生活」への期待は大きく膨らむ事かと思います。しかし、本当に独立してフリーランスとなれば直ぐにそんな生活が待っているのでしょうか?

筆者もフリーランスに成り立ての頃は、意味なくおやつの時間に六本木の少し高いカフェに行ってお茶しながら優雅に仕事したりしていました。

ですが、筆者の最近のある一日のスケジュールを表したのが以下です。

●07時:起床
●08時:スタバで仕事
●12時:昼食
●13時:今度は家で仕事
●19時:夕食
●20時:またスタバに来て仕事
●23時:就寝


(日本ではカフェで作業)

上記の通り、見事にサラリーマン時代よりも働いていて、尚且つ働き方の自由どころか、サラリーマン以上に仕事に拘束されているというのが筆者のフリーランスの現実です。

そして、働き方の自由と言っても、だんだんと忙しくなれば時間を選んでいる暇も無く、働く場所も結局近所のスターバックスに落ち着いてしまいます。

しかし、それでもフリーランスは自分で裁量を持てるので働き方も環境も自由に選ぶ事ができますが、本当にそのまま自由にしてしまって良いのでしょうか?

フリーランスは創業間もない一人ベンチャー企業。


(地元、大阪の風景)

会社の看板も背負わず個人でビジネスを展開していくフリーランスは、創業間も無い一人ベンチャー企業と言っても過言では無いでしょう。

創業して間もないベンチャー企業の社長が、南の島バカンスをしながら仕事をしたり、新興国に出向いてマッサージに行ったり夜に遊びに行ったりしながら仕事なんてしているでしょうか?

膨大な仕事量、精神的負荷、先行きの不透明な中での試行錯誤などは創業後のベンチャー企業では考えられそうな事ですが、独立したばかりのフリーランスも同じようにお金を稼いでいく上で当たり前に大変だろうと思います。

現在はクラウドワークスやランサーズといった便利なアウトソーシングプラットフォームがあり、比較的安易に仕事を取れる環境は整いましたが、そこで誰でも出来るような仕事を拾ってそれを低単価で捌いていくようなスタイルでは、与えられた仕事をただこなすだけのパートタイマーと変わりません。

それでも良いかもしれませんが、それは本来望んでいたものとはかけ離れているものと言えるのではないでしょうか。

それなら、会社で自分一人では出来ないようなプロジェクトをやってもいいんじゃないかと思うわけです。

自由な生活をしながら本当に生き残れるのだろうか。


(セブ島のホテルからの眺め)

上述した通り、「南の島でバカンスをしながらパソコン一つで仕事をする」というコピーはとても聞こえが良く、サラリーマンの憧れのライフスタイルの一つであると言えますが、自由競争が繰り広げられるビジネスの場に会社の看板を捨てた無名の人間が呑気に毎日旅行気分を味わいながら継続して稼ぎ続けられるだろうかと、実際に筆者はそう感じてしまいました。

自由とは言いながらも、仕事を放棄するわけには行きませんので、1日の内の大半はどこかに引きこもってPCを叩かないといけないわけです。

フリーランスになるだけでいきなりそんな自由過ぎる環境が手に入るのであれば、上司のいる会社など行かずにみんな南の島でバカンスしながら仕事をするでしょう。

つまり、いきなり自由と経済的成功の両立は成り立たないのです。

結局「働かなければお金を稼げない」事には変わりはありません。

フリーランスは独立後すぐに次のフェーズへ向かうべき。


(air bnbを利用して宿泊したマニラのコンドミニアム)

フリーランスになった後は、その一歩踏み出した余韻を捨ててすぐに次のフェーズに向けて走り続けなければなりません。

そうでないと、自由競争の市場の中でどんどんと自分だけ取り残されて行ってしまうからです。

それを最初の段階で「自由」ばかり求めていると、稼ぎもままならなくなりいずれサラリーマンに逆戻りしてしまいます。

もちろんフリーランスは自分を叱る上司もいなければ、ライバルとなる会社の同期のような存在の人もいません。人間は意志の弱い生き物なので、誰も自分を管理してくれないと楽な方ばかりを向いてしまいます。


(フィリピン、マニラの町並み)

特にアフィリエイターやブロガーの人達は、市場の変化に敏感なのではないでしょうか。

市場が変化し続ける限り、自分もその手を止める事は出来ませんから。

それでも、自由な生活はフリーランスに必ず待っているでしょう。

フリーランスの「自由な生活」とは、直ぐには自分の所へとは訪れず、今を死に物狂いで頑張った者に将来的に与えられるものだと筆者は考えています。

Kenta Fujii

Kenta Fujii

仮想通貨・ブロックチェーンを専門としたフリーライター。 大手金融機関に新卒で入社するも、東京の満員電車とピラミッド型の階層組織に嫌気が差し、わずか11ヶ月で退職。 その後はノマドフリーランスとして独立し、国内外を転々としながら日々キャリアを積んでいる。

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